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2017-09-21

2017年9月20日 深坑炮仔崙瀑布-茶山古道-猴山岳 手頃な近郊登山

林家草厝と背後に猴山岳の稜線
山道は、同じ道でも登りと下りに通過するのでは、印象が変わる。それは、足を止めて見る周囲の景色は同じでも、登りの最中にみる前方の風景と下りの最中とでは異なり、なおかつその時の気持ちも異なるためだろう。登りではいつ苦しい坂道が終わるのかとしきりに考え、足元を見ながら行くが、下りでは急な下りではもちろん足元に注意が大切だが、前方が見渡せるので、印象が違う。上り下りともに歩いて、初めてその山道を歩いたことがある、と言えるのかもしれない。

北の深坑から西の指南宮へ歩く
歩行高度プロファイル
今回歩いた道は、5年ほど前に一度歩いた場所の、ほぼ同じルートを逆方向にただるものだ。前回は一人で歩いたが、今回は九名の仲間と一緒だ。八月は良い天気が続いたが、とにかく暑いので台北郊外の山はあまり気乗りがしなかった。九月もこの時期は日中はかなり暑く、それほど変わらいといえばそうだが、歩くことにした。

茶葉の天日干し作業中
石段の大崎嶺古道
深坑は、MRTこそ通っていないがバスの便も多く、アクセスはよい。豆腐の街として古い町並み(老街)も整備され、いまではすっかり観光地である。日本人はあまり見かけないが、休日はかなりの人出でにぎわう。老街から阿柔洋產業道路を少し行き、大崎嶺古道と廃棄産業道路などを経由して炮仔崙瀑布を見る。その後登り返して茶山古道を行く。この古道は峠を越えて貓空の草湳へ続く。途中には、住人がまだそこで生活している林家古厝(古家の意味)がある。草ぶきの屋根の家は100年以上の歴史だそうだ。お茶を栽培しそこで製茶している。そのお茶をハイカーにふるまう。茶葉も販売している。お茶をいただき昼食をとった後、ふたたび登って峠に行き、稜線をおって猴山岳を越え指南宮へ下った。6時間の行動時間だが、そのうちの二時間ちょっとは休みの時間。自分も含めビールを持ち込んだメンバーも多く、昼食に、また猴山岳前峰でも飲んだ。山歩きの途中にビールを飲むのは問題視する人もあるが、このようなコースでは、問題がない。

大崎嶺古道の入り口近く
7時半にMRT木柵駅のバス停で集合、バス乗車20分ほどで深坑につく。深坑を通っていくバスの便は多いので、便利だ。深坑で別途やってきた二名と合流し、8時に都合10名で出発する。天気は良く、これから歩く大崎嶺古道のある枝尾根や猴山岳の稜線がはっきり見える。交通量の多い文山路を渡り、ガソリンスタンドの脇の阿柔洋產業道路を進む。すぐに右に大崎嶺古道の入り口が現れる。ここは2013年1月に筆架山から下ってきた尾寮古道であるが、その後名前が変わっている。

炮仔崙瀑布へ右の道を行く
廃棄産業道路を行く
入り口近くの石畳の道はすぐ終了し、本来の土の道が始まる。砂岩をつかった石段が古道であることを示す。8時20分、稜線上で右が開けた場所で一休みする。遠く下には深坑の街が見える。森の中の道は、気持ちがよい。気温が高いので汗は流れる。道標や地図が新しい。前回通ったあと、整備されたのだろう。8時30分、右に炮仔崙瀑布への道が分かれる。こちらの道は、大崎嶺古道とは異なり草深い道だ。山腹を縫って10分ほど進むと、廃棄された産業道路に出る。右に少し下っていくが、様子がおかしい。地図で確認すると、左に行くほうが正しいので引き返し登っていく。この辺りは、マーカーリボンもないので地図を確認することが大切だ。

濡れた岩場を下る




草の茂る廃棄産業道を登っていく。十数分ほど登っていく。そこで右に送電鉄塔方向への道に入る。鉄塔の少し前で、左に山道に入る。結構急な下りだ。水音が聞こえてくる。分岐が現れ、右に補助ロープの取り付けられている岩場を下る。湿っていて足元には注意をして下る。下り切ったところは炮仔崙瀑布だ。9時22分、出発して1時間20分だ。滝の周辺には数人が休んでいる。滝の下では、水に打たれている人もいる。わきの小屋では着替えができる。我々もしばし休憩する。

炮仔崙瀑布
茶山古道
9時36分、沢を越して対岸の道を登る。こちらも急な坂でロープを頼りに上がる。左から道が合わさり、またすぐ分岐にくる。先に直進して上がるが、踏跡がはっきりせず戻って、右の道を行く。畑のわきに出、民家わきを上がると茶山古道に合流する。左に登っていく。鉄パイプの欄干から左を見る。先ほど越してきた尾根や滝の方向が見える。コンクリの道が終わり、また土の道になる。踏まれて表面がくぼんでいる石段は、この道の年齢と往来を表している。10時8分、ベンチのもうけられている休憩所で休む。


古道を登る
十数分の休憩後、古道を引き続きのぼっていく。時々微風があり、森の木々の下なので、日向を登るよりは楽だ。10時33分、右に分岐を分け左に登っていく。さらにもう一つ分岐を分け、沢わきの石段を上る。まもなく眼前に水田が現れる。台湾は三期作なので、今の時期はまだまだ稲は小さい。水田のすぐ上は林家古厝だ。電気はもちろんあるが、水は沢から引いた水を使っているようだ。この時代に草ぶきの家は本当に珍しい。ここは自動車道がないから、住人は古道を歩いて街へでる。草ぶき家の上方には、トタンの小屋がある。ここではお茶をふるまっている。時刻は11時で少し早いが、ここで昼食をとることにする。お茶を出してくれる住人は、子供のころは1時間以上かけて学校に通っていたとのこと。ここで暮らすのは大変だ。前日冷凍庫で冷やしたビールを取り出し、みんなで飲む。

水田の向こうが林家古厝
林家古厝の上の製茶作業の小屋
小屋の内部、ここで昼食
前方に峠、古道最後の登り
そのうち、小屋の手前で二人の老齢職人がお茶の葉を天日にさらす作業を始めた。ここでとれたお茶は、買うこともできる。11時50分過ぎ、約1時間ほどの休憩後峠を目指して古道を歩き始める。道はすぐまた森の中に入る。左に石壁が残る廃屋を見る。勾配がきつくなる。12時5分、峠に到着。古道を離れ、そのまま右に稜線を登っていく。稜線上は風が吹いている。12時28分、猴山岳主峰の三角点基石に来る。以前あった山名の札は遺失している。ここからは下りだ。12時34分、展望の開ける猴山岳前峰に来る。ここでしばし休憩する。

猴山岳前峰で集合写真
岩場の急坂を下る
今回は、筆者も含めビールを持ってきたメンバーが多く、ここでも最後のビールをみんなで飲む。暑い郊外の山頂で飲む冷たいビールはとてもうまい。今日は、遠くがかすんでいる。101ビルがかろうじて見えるが、遠くの陽明山系ははっきりしない。20分ほど休憩の後、急坂を下る。最初にここを下ったのはもう6年前だ。ロープの取り付けてある岩場は、そのとき緊張したが、今は慣れてしまった。20分ほどで産業道路にでる。左に進み、指南宮へ続く山道を行く。13時48分、ロープウェイ指南宮駅につく。メンバーのうちの三名はここからロープウェイで下山、残りのメンバーは指南宮を抜けて、その下のバス停から530番バスで台北に戻った。

ロープウェイ指南宮が左に見える
今回は、まだ少し暑い歩き出会ったが、吹き抜ける風は秋が近いことを感じさせる。陽明山や南港山の石畳道に比べると、こうした土の古道はより素朴で好きな道である。途中にある林家古厝など、気軽に自然や純朴な山野を楽しめることができる。だれにでもお勧めの道である。歩行距離は約8㎞、多くの休憩を含めて6時間であった。
指南宮

2017-08-24

2017年8月23日 北插天山 赫威神木群、多崖山、原生林を抜けて歩く

烏來区福山村から望む北插天山(中央奥)とその前集落の上に林望根山、右は樂佩山(2015/7撮影)
台北から車で1時間半ほどの桃園市復興區小烏來は、新北市烏來區と隣合わせだ。ここは北部の標高1000m超の山々が続く插天山脈が奥に控えている。最も北側になる逐鹿山から始まり、卡保山樂佩山を越えて、北插天山に続く。さらに稜線は魯培山を越えて南插天山へとつながっている。その中で北插天山は、台湾では珍しいブナ(山毛櫸)の原生林を山頂周辺の高度部分に抱え、自然保護区になっている。1000mから3000m級のいわゆる中級山は、入山証が必要になるところが多いが、ここはさらに林務局の自然保護区入場許可も必要である。
赫威神木(紅檜ベニヒ)
高山登山の事前訓練場所として台湾北部の登山者が登ることも多い。登山口はいくつかある。今回の小烏來からは、標高差が一番少なく約800mほどだが、滿月圓などからだと更に500mほど多く登る必要がある。反対の烏來區福山からの道は、高度差は滿月圓と同じぐらいだが、歩かれている程度が少ない。山の中でも、多くの道が平行してあったり、登山道は結構込み入っている。いくつかある登山道の一つは赫威神木群を過ぎていく。ここは、紅檜巨木にふられている番号も十数番まである。勿論、多すぎて感動が薄れてしまうぐらいある、司馬庫斯の山奥に残る巨木群に比べると少ないが、台北の近くでこれだけ見られるのは十分訪れる価値がある。

西側の登山口から反時計回りに回遊
北插天山への上り下りは急登だがほかは緩い坂
我々は今回5名で小烏來の第一登山口から入り、赫威山の山腹道を行き、赫威神木群を過ぎて木屋遺址(山小屋跡)に出て、北插天山を登頂した。稜線をさらに追って多崖山を越え、そこから岩戸ルートを下る。樂佩山へ続く道へ出た後、少し登り返して東満歩道と交差し、さらに赫威山を経由して第二登山口に降りた。一周ぐるっと、回遊するルートである。北插天山への上り下りは、かなり急な坂だが、その他は緩い勾配だ。距離はそれなりにあり、約17㎞ほど歩いている。

插天山脈と北插天山の位置
駐車場
晴れの暑い日が続いていたが、接近した小型台風の周辺の雲のためにもうひとつすっきりしない。台北から第二高速道路に行く途中でみる插天山脈も、雲の中だ。今日は、展望は期待できないようだ。いままで、三回ほど企画したが、天候などのせいで実現しなかった。少しぐらい雨でも、今日は登りたい。中級山は、もともと頂上も含めて森林の中が多く、それほどの展望もない。三峽から北横公路の枝道に入り、三民より北横公路を進んで角板山を越え、小烏來への道に入る。入ってすぐにある警察派出所で、入園許可を見せ、入山許可を申請する。ここまで台北から約1時間15分だ。

第一登山口
山腹道を登っていく
許可申請を済ませ、登山口へさらに進む。途中南插天山への登山口へいく道を右に分け、8時15分派出所から約30分で登山口下の駐車場へ着く。広い駐車場は我々の車一台だけだ。晴れていれば、南側に南插天山の大きな山容が望めるはずだが、雲の中だ。支度をして8時20分出発する。駐車場から少し登り、大きな鉄の門を過ぎる。ここからは一般車両進入禁止だ。舗装された産業道路を数分登ると、ヘアピンカーブのところに第一登山口が現れる。

分岐部、ここで休憩
沢際で休憩
よく歩かれている山道は、雑木林の山腹を進む。補助ロープの急登もあるが、おおむね緩やかな登り道だ。8時53分、第二登山口への分岐に着き、小休憩する。気温は28度だが、風がなく汗がかなり流れる。枝尾根の山襞を越えると道は平らになる。9時44分、少し下って沢に降り、休憩する。10分ほどの休憩後、すぐ幅の広い沢を越す。濡れた岩板を越すところには、補助ロープが張ってある。少し登り稜線に取り付くと、10時5分、分岐が現れる。左は塔開神木(北插天山は別名塔開山という)への道、我々は右にとり下っていく。

濡れた岩板を越える
右に神木群へ下る
根もとが空洞の八仙神木
下ってまもなく、道端に大木が現れる。ただ、これは神木と呼ぶには小さいようで、分岐から5分ほどで、No.1の札がある卜派神木が現れる。そのすぐ左上にはNo.2の巨木、いよいよ赫威神木群の核心部分に入ってきたようだ。進むにつれ、神木はさらに現れる。赫威神木の根本は、どれだけの円周なのか。ここは柵など一切ない。道はさらに下り10時25分、沢に降り渡渉する。登り返していくと、根もとが大きな洞穴となっている八仙神木の脇を通り過ぎる。さらにいくつかの巨木の脇を登り、10時43分、木屋遺址につく。森の中に開けたこの場所は、以前小屋があったようだ。左から東滿步道からの道が合流する。一休みする。

木屋遺址で休憩
梯子の坂道
ここから高度差約400mの急登の始まりだ。10時56分に歩き始めてすぐ、補助ロープの急坂が現れる。赤土の道は、多くの登山者があるいているのて、削られてしまい登りずらいところもある。坂をこえてまもなく、道前方に台灣帝雉が歩いている。今回持ってきたレンズが望遠側が短いのを後悔する。根が四方八方に張り巡らされた道を行くと、尾根の形状がはっきりしてくる。補助ロープの岩場や梯子を登り、11時36分岩の露出した場所で休憩する。ブナの薄緑が印象的だ。左にこれから登っていく尾根の様子が、霧の中に見え隠れする。晴れていれば晴れたで暑いだろうが、霧で何も見えないのも残念だ。

更に急坂を登る
二つの三角点の北插天山山頂
さらに急登をこえ12時10分、道は平らになり、先に少し下る。少し登り返した小ピークから右に南插天山への道を分岐する。また下り、最後に梯子をふくむ急登を登り、12時半北插天山(標高1727m)に到着。歩き始めて4時間10分だ。周囲は樹木で展望はない。三角点の基石が二つ並んでる。ここで昼食休憩をとる。持ってきたビールを開ける。ただ、今日はそれほど暑くない。

@北插天山山頂(Vさん撮影)
稜線から濃霧の多崖山を望む
約半時間の休みのあと、下山開始だ。多崖山は直線距離は近いが、途中一度下ってまた登り返す。木立がきれて、晴れていれば今で登った插天山脈峰々が見えるのでは、と思うと少し残念だ。最後に補助ロープの岩場をのぼり、13時23分多崖山に着く。標高1700mの山頂は、北插天山とは異なり、木々がない草だけなので、展望があるだろう。そのまま矢竹の稜線を2,3分ほど下り、森に入る。13時33分、分岐に来る。右は普通の稜線縦走路、左は岩戸路線、歩く人が少ないと道標にある。

岩戸路線上部、かれ沢を下る
空瓶や碍子がころがる分遣所跡
大石のある岩戸路線分岐の近く
岩戸という名づけは途中にある大岩が岩戸の感じなのでその名づけなのだろうが、日本的な響きだ。天の岩戸を思い出させる。道は、急な下りで始まる。霧が濃く、谷あいの道は薄暗い感じだ。水のない沢筋を大石を踏みながらしばらく下る。10数分くると、沢を離れて左に山腹を進む。雨が降り出した。雨具を付ける。14時06分、隘勇線分遣所の跡地に来る。建物などは何も残っていないが、割れた碍子と空瓶がいくつか転がっている。瓶には銘柄などの刻印がなく、調味料などの瓶なのだろうか。すぐ近くに大岩がある。

緩やかな斜面の道を行く
その昔、この場所まで警察関係者がやってきていたのだろう、道筋は少しはっきりし、歩きやすくなる。沢を越え、下っていくと次第に勾配は緩くなってくる。14時43分、樂佩山ほうからの道と合流する。その近くにも大きな岩が二つある。雨は止み、雨具を脱ぐ。左に折れて、東滿步道方向へ向かう。道はおおむね緩い下り坂で、途中沢を越えていく。ここは緩やかな勾配の山腹地だ。15時08分、大きな沢脇にでる。ここで休憩する。

沢を越える
東満歩道との分岐部
また雨が降り出し始めた。休憩後、緩やかな登り道を行く。沢を越えていく。稜線に登り返し、15時32分東滿步道に合流する。右に行けば東眼山や滿月圓へ続く。左は木屋遺址へ続く。我々は直進の道だ。さらに登り15時39分、稜線につく。左におれてすぐ、右にこれから歩く、赫威山への道が分岐する。直進すれば木屋遺址方向だ。右に山腹道を進む。この道は、往路で歩いた道と、稜線を挟んで平行に進む。二、三分で大きな岩板が現れる。湿って滑りやすいが、幸いにロープが渡してある。慎重に岩を越える。

慎重に濡れた一枚岩を渡る






緩い坂の山腹道を進んでいく。16時23分、左に第二登山口への道を分岐する。そのまま稜線上の道を進む。三分ほどで右に赫威山山頂への道が分かれる。ほんのわずかの登りで頂上(標高1150m)に到着する。森林三角点基石の周囲に四個の石が埋まっている。周囲はすべて樹木で、展望はない。これで今日の予定の山頂はすべて歩いた。後は下るだけだ。先ほどの分岐に戻り、右に折れて下る。16時42分、左からの道と合わさり、さらに下る。16時50分、第二登山口に着く。舗装路が始まる。

@赫威山山頂
舗装路を下っていく。左は金網フェンスで囲われている。その先、右から第三登山口の道と合わさり、さらに下る。17時09分、朝に通り過ぎた第一登山口を通過、17時16分、駐車場に戻ってきた。駐車場には我々の車一台だけ、今日は山中でも他の登山者とまったく合わなかったが、一日中我々の車だけだったようだ。濡れた衣服を着替えている最中に、この駐車場を管理者と思う人がやってきて、100元の駐車料金を徴収していった。17時38分、駐車場を後にし、帰京した。

第二登山口
今回は、3Dで勾配を計算し距離を測る腕時計では約17.7㎞、単に水平距離だけを測る普通のGPS記録では12㎞強である。登攀高度は累計1128m、約9時間の歩きだった。小烏來からだと、それほどの高低差ではない。訓練目的であれば、やはり滿月圓から登るほうが良いだろう。その場合は、1300mぐらいの高度を稼がなければならないので、卡保山や樂佩山を登ると同様に、結構きついだろう。木屋遺址からの登りは急登であったが、それ以外はそれほどの坂ではなく、紅檜の巨木なども見れてよかった。今回のルートは、体力的にはクラス4、ルートはクラス3といったところだろう。

2017-08-09

2017年8月1日~4日 日本北阿爾卑斯山脈 白馬岳-唐松岳縱走

@唐松岳 背後是我們縱走過來的稜線山峰群
数日前の南アルプス白根三山縦走に続き、台湾の山仲間をつれて北アルプスの白馬岳へ大雪渓を経て登頂し、唐松岳に縦走した。下山は、歩く人が少ない餓鬼山を経由し祖母谷に降りた。長い餓鬼山ルート降りた後は、祖母谷温泉小屋で三日間の疲れをいやし、宇奈月経由で帰った。昨年、白馬岳から鑓温泉を回ったが、今回はそれをもとに行動した。この記事も日本の山なので中国語で記載します。

@白馬岳大雪溪
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從白馬丸山稜線遠眺立山(左)和劍岳
立山黑部山岳路線(アルペンルート)是條有名的觀光路線,也是很多台灣旅客嚮往的目的地。冬天積雪幾公尺以上的豪雪等到夏天也沒有融光,變成殘雪塊留在山谷裡日光不容易照到的地方。如此大量積雪不只存在於立山,隔著黑部峽谷對岸的後立山連峰上也有,形成三大大雪溪:白馬岳大雪溪、針之岳大雪溪和立山隔壁的劍岳大雪溪。接著幾天前的南阿爾卑斯北岳等白根三山縱走,我與台灣的七位山友由大雪溪爬上白馬岳。今年的殘雪比去年多,往白馬岳的路上小雪溪也還很大,主稜線的雙側山坡上也留著大量殘雪。

從東邊猿倉出發走道西邊祖母谷
四天的走路高度表
白馬岳位於北阿爾卑斯山脈的北部
與台灣山友造訪日本高山的行程,今年已經是第三次。此次的行程是山中共四天四夜:前一天進來大雪溪路線的登山口猿倉住宿;第一天由大雪溪爬上到白馬頂上宿舍,把行李放置於山屋後輕裝往返白馬岳山頂,住宿於頂上宿舍;第二天從宿舍縱走主稜線,翻越白馬鑓岳、天狗之頭和驚險的不歸嶮到唐松岳,再下去唐松岳頂上山莊過夜;第三天由較少人行走的長途餓鬼山路線下至祖母谷,住宿祖母谷溫泉小屋;第四天走一點林道到欅平站由黑部峽谷鐵路出到宇奈月結束行程。

@天狗山莊附近 背景是白馬鑓岳
除第一天下午下小雨外,後三天都是好天氣。近年來日本夏期天候模式與過去不同。以前梅雨季結束後,太平洋高壓變優勢,因此繼續至少十幾天的好天氣。今年的梅雨期間下很少雨,卻一結束後天氣就變不穩定,下雨很多天。也有迷走的颱風五號在太平洋上逗留好久,是以前少見的現象。前週的白根三山縱走受到如此的壞天氣影像,但很幸運地此行程中沒有。當然山岳不是天天放晴,但希望能夠看到大景是自然的願望。

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第一天 8月1日(二) 猿倉莊 - 大雪溪 - 小雪溪 - 白馬岳頂上宿舍 - 白馬岳 - 白馬頂上宿舍


從猿倉起步上白馬岳
上了頂上宿舍後來回白馬岳山頂
從長野搭巴士前往白馬站
前一天的7/31,成員裡的四位山友從台北直接由深夜航班來到成田機場後,與我在上野站會合。我們五個人搭乘北陸新幹線前往長野站。另一個山友在此與我們會合後,搭巴士前往白馬站.最後一個山友在白馬站等著我們,再搭巴士來到登山口的猿倉。

抵達了猿倉,上方是猿倉山莊
山莊內部二樓房間
猿倉莊是很好的山莊,晚早餐都很豐富好吃,服務很周到,唯一缺的是沒有浴室。住宿費包括晚早餐,再加上第二天的便當共10,000圓 ,算是標準的北阿爾卑斯山屋收費。我們今早五點多用早餐喝咖啡。我在出發前先在山莊前開設的夏季登山相談所(諮詢所)向專員交予登山計劃書的同時,談一下我們路線的事項。相談所的專員一般是警察遭難搜救隊隊員或民間的遭難對策協會成員,都是這方面的專家也對當地山區有豐富的經驗和知識。我推薦台灣山友在爬山前與他們詢問要走的路線,一定得到很有用的實在答案。

山莊晚餐
8/1出發前合照,左方有登山相談所
從林道看白馬小蓮華山
白馬尻小屋
我們6:10啟程,從山莊旁邊的登山口起步。走上幾分鐘的山路就出到林道,繼續走林道前進。走了大約十分鐘的林道,眼前出現白馬岳北邊的小蓮華山。再走平緩的林道,6:49來到林道終點也登山步道的起點。有部汽車停在此,應該是上方山莊所有的。走一段木棧道後,變成土路,慢慢上去幾分鐘,7:11來到白馬尻小屋。我們在此休息一下。大雪溪的末端就在那裏等著我們來爬。

從白馬尻小屋仰望大雪溪
大雪溪中的石堆標誌
7:25我們往大雪溪前進,走了十來分來到大雪溪末端。白馬岳國有林的石堆標誌被埋在雪溪裡,雪量比去年的確多。我們拿出來冰爪穿上。大家都沒有問題裝好冰爪。7:53我們踏第一步於雪溪上。今年的雪溪上路線與去年有差異,雪溪的右方有大龜裂,所以今年的路跡避開那裏靠左邊上去。大部分成員沒有雪上行走經驗,但走起來都沒問題,讓我放心。8:43我們在靠山邊地點休息一下。高度1900公尺,我們爬了大約一半的雪溪。

今年的大雪溪走左邊 
大雪溪上方起霧了


離開大雪溪爬升土路
往小雪溪爬上去
上方起霧,霧雨一滴一滴地下來,還好雨勢沒增強。越爬上去坡度越大,9:43分我們終於抵達雪溪上端。我們走了大約兩小時走完雪上路段,坐在雪溪旁脫下冰爪。此處有海拔2150m
高度,與2700公尺的白馬頂上宿舍之間,還有大約500公尺的落差。10:05踏上土路上去,坡度變更大。橫過從上方小雪溪流下來的溪澗,再陡上去。上去十幾分鐘,路旁的高山花卉增加了,紅、黃、紫,白色等不同顏色形狀的花卉讓我頓時忘掉爬坡的辛苦。11:00我們爬了200公尺的落差,來到小雪溪的下方,在平地休息用餐。

橫過小雪溪
行進御花園
休息後上去一點,11:38來到小雪溪旁。有些登山客不穿冰爪橫過去雪溪,但我們為安全還是依照標誌穿上冰爪。比剛才的大雪溪小很多,但坡度大,萬一不小心滑下去就會危險。大家橫過小雪溪脫下冰爪。再爬上陡坡沒多久,經過避難小屋。兩位自然保護巡邏員在那裏。上方的山谷變寬廣,山徑左右都是高山花卉,是所謂御花園(お花畑)。 當 12:27經過有海拔2333公尺表示的登山客須知事項看板時,下起小雨來。我們拿出來雨具穿上。在霧雨中再爬二十多分,上方在濃霧中頂上宿舍的影子出現.

頂上宿舍房間

13:00多進入宿舍大門登記好後,我們上去被安排的二樓最邊端一間裡休息。此家山屋收費是含晚早餐和便當每人10,400圓。這家是與猿倉莊一樣白馬村營的,所以我們受到優惠減價500圓。外頭還是下小雨,時間也還早,我們先看看天氣情況再決定去白馬岳山頂。

白馬山莊旁看白馬岳山頂(前方的尖頭)
@白馬岳
14:30窗外看到霧散對面山影,我們立刻準備外出。白馬岳山頂不遠,來回一小時就可以走完,大家只帶必須品14:50出發。上稜線往右爬上去,陽光透過霧照下來,沒多久霧散開藍天出現。15:05來到白馬山莊。建立於白馬岳山頂下稜線上的此家山屋,是日本最古老的山屋,以可容納一天最多1500人的規模,也是最大的山屋。我們第二天要往南縱走,故我則選了白馬頂上宿舍。

頂上宿舍食堂,門旁有登山相談所
經過白馬山莊繼續上去,可惜雲霧又回來蓋住,等到15:27我們抵達白馬岳山頂(海拔2932m)時,周圍又是濃霧無法觀望風景。山頂上有不少登山客,我們拍攝後就下山。16:13回到我們的山屋。17:00的晚餐前,我與設在食堂門口邊的登山諮詢所專員商談明天的行程。他聽到我們的計畫,建議提前出發。本來預定5:00出發,但聽他建議決定我們將4:00出發。其實明天的路程長,而且後半才有較驚險路段,時間充裕更好處理。好消息是明天天氣是好的。

白馬岳頂上宿舍外觀
從丸山眺望杓子岳(左)和白馬鑓岳,右遠方劍岳浮在雲海上
夕陽中的白馬岳
吃完後出去外面走一走。天氣果然變好,爬上稜線走去丸山。隔著雲海填滿的黑部峽谷看到劍岳到立山的幾個山頭。回頭看,白馬岳在夕陽光裡豎立著。回到房間,八點多就寢。











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第二天 8月2日(三) 白馬岳頂上宿舍 - 白馬鑓岳 - 天狗山莊 - 不歸嶮 - 唐松岳 - 唐松岳頂上山莊


由北往南縱走
後半經過不歸嶮
黎明光線下的白馬岳
@日出前的丸山
我們三點鐘起床。這個時間太早,山屋的餐廳還沒開,所以我們昨天晚餐時先拿早餐盒而吃。4:15我們出發,天還沒亮,靠著頭燈前進。上稜線回頭一下,在一點雲層都沒有的凌明天空下豎立著雄大白馬岳的影子。4:30我們越過丸山,循稜下去杓子岳鞍部。看著一刻刻轉變的天空和山岳的色彩,我覺得早點出發果然是對的。   4:49從浮在雲海中的雨飾山右方,出來大太陽,瞬間所有東西被早晨光線染成橘黃色。俯瞰東側山谷,昨天我們爬上來的大雪溪在腳下,雪上路跡也看得很清楚。5:13我們休一下調整衣裝。

日出
俯瞰大雪溪
往鑓岳爬上陡坡,背景是杓子岳,看得到其山腰路
鑓岳山頂上的筆者
我們從鞍部爬稜線山路再走杓子岳山腰繞路,不爬上山頂。下去白馬鑓岳前的鞍部,再爬回上去。這段的縱走路有較大的起伏。5:52在爬坡上休息一下。天氣好,但早上還沒熱起來,爬上落差兩百多公尺算還好。6:45爬到白馬鑓岳山頂(海拔2903m)。從此才看到我們今天後半的行程稜線:在較平緩的天狗之頭附近後頭,不歸嶮露出一點其猙獰的風貌,目的地的唐松岳站在更大的兄弟五龍岳和鹿島槍岳前方。眼放在更遠,去年縱走的表銀座路線和金字塔槍岳在那裏。再往右邊看過去,自裏銀座線的山峰去至立山劍岳止的長大連峰豎立於黑部峽谷的對方。立山附近的殘雪也不少。往北方看,白馬岳連峰站在晨光裡,其東側都是厚厚的雲海。這裡是我們望得到白馬岳的最後地點。

從鑓岳往南眺望即將要走的稜線,遠方看到槍岳到劍岳的連峰
從鑓岳往北觀望我們走過來的山峰稜線
岔路口的路標
下去碎石坡
走寬廣稜線
往天狗山莊的路標
7:00我們離開山頂,回到放置背包的叉路口,揹上背包開始下長碎石坡。7:30我們經過鑓溫泉山屋的岔路口。稜線的形狀變得又平緩又寬廣,不像我們剛才過來的陡上陡下且東側斷崖的地形。走十幾分中有個標誌指天狗山莊,我們往左轉彎下去。下去幾分鐘很大片殘雪原出現在前方。坡度不大,我們不穿冰爪等而直接走在雪上下去。殘雪的末端就是天狗山莊。去年冬天的大雪壓壞山莊的一部分,所以今年山莊沒營業。當我們走到時剛好有個管理員在那裏作業,他跟我們說,雖沒營業但可使用洗手間。殘雪旁有融出來的水源,據管理員前一兩天前才有此水源。我們停下來休息。我們在休息時,後頭來了支五人隊伍,也在此休息。

天狗山莊
往天狗之頭前進
8:42我們出發,高山花卉女王駒草花開在路旁,不過數量不多,不如其他地方例如燕岳。慢慢上去緩坡,9:06到天狗之頭。從此在遠方山谷裡看得到黑部水壩。當我們在此休息時,後頭的五人組也來到這裡,拿出來攀岩裝備和頭盔等。我問他們是否要去攀岩,但說是要過不歸嶮的準備。我覺得有點誇張,不過我們有些山友看到那些東西,好像對即將通過的不歸嶮心理產生恐懼感。在受到維護且設有鐵鍊的一般山路上,頭盔會有用,但其他的攀岩東西不見得有用。當然使用是他們的自由,我只能說他們太謹慎。

從天狗大下降點觀望前方,左邊看到不歸嶮和其後方的唐松岳
下岩壁鐵鍊區
9:23我們從天狗之頭開始下降。先下去緩坡一陣子,9:50來到天狗大下降點(天狗の大下り),正面看到明天要走的餓鬼山稜線下山路。左下方的不歸嶮也看得很清楚。我們要下落差300公尺的陡坡。一開始陡下,鐵鍊路段出現,暗示之後的驚險。10:22我們與高中登山社的隊伍會過。他們說從唐松岳過來。繼續下去,11:00抵達鞍部。為準備以後的驚險陡坡路段,在此用午餐好好休息。東側山谷裡雲霧升上來遮蓋不歸嶮。

看到不歸嶮最低鞍部
白馬岳頂上宿舍的午餐便當
11:17我們往不歸嶮出發,都沒有甚麼困難11:55越過不歸第一峰頂,再下去第二峰前的鞍部。我們走到鞍部時,正好五人組在攀爬第二峰的岩壁。12:20我們也開始攀爬。往上爬馬上出現鐵鍊岩壁,小心爬上去就沒問題通過。往下看有幾百公尺的垂直高度,有人會覺得恐懼。第一段鐵連段結束後,接著第二段的鐵鍊岩壁。上去十來分鐘,過鐵製小橋轉彎過去東側的山腰路。12:52我們上稜線就有小平地,休息一下。仰望上方,五人組在攀爬第二峰最後路段.

不歸嶮第二峰岩壁下段,壁上有人在攀爬
岩壁的部分近景
小心通過岩壁路段
路旁的薄雪草
側面看的不歸嶮第二峰岩壁,左邊山頭是第一峰(8/3攝影)
第二峰北峰山頂下
第二峰北峰頂眺望南峰
往唐松岳山頂爬去
我們繼續攀爬幾個鐵鍊路段升上高度,13:24最後爬到不歸第二峰北峰頂。今天最困難的路段已經結束了。在此休息時,六個年輕的跑山組過來.他們幾乎不帶裝備,快速跑過山路,現代的登山真多樣化了。我們往第二峰南峰走稜線,遇到沒什麼困難13:49經過南峰頂。回頭就看到第一和第二峰等我們走過來的路線。先下去一下再往第三峰爬上去。山路繞過於第三峰山腰,接著爬去唐松岳山頂。大家用最後力量爬上去,14:52爬到山頂(海拔2696m)。我們在山頂休息中,長野縣警察山岳救難隊的直升機飛過我們的上頭,不知哪裡發生山難。

唐松岳山頂,右方看到唐松岳頂上山莊
唐松山莊
我們離開山頂下去唐松岳頂上山莊,15:33抵達今天的目的地。今天我們連休息花費大約11小時,總爬升大約950公尺,距離10公里。唐松山屋的收費為11,000圓包含早晚餐和第二天午餐便當。這裡的水基本上全靠雨水,故水是很寶貴。要飲用水,必須出錢買,500CC一百圓。晚餐五點鐘開始,菜色還好。茶水是免費,山屋也勸說多喝一點。

唐松山莊晚餐
中川先生與筆者
這家的老闆中川先生當任當地救難組織的負責人,對山友很友善也堤供很多實用訊息。我們到山屋登記時,他知道我們明天要由餓鬼山路線下祖母谷溫泉,就說晚一點跟我說明路線。他本來說吃飯後要談,但我們吃玩時剛好幫忙不舒服的登山客,說七點鐘再談.他後來來到我們住宿的地方,熱心地給我詳細的路況。他說,此條路線不像其他的縱走路或八方屋根路線,通行人不多而且很長,所以他對每個要走的山友說明,給最新路況訊息以確保安全。我雖預先研究路線,搜求天氣或最新路況資訊,但活動前一天的當地最新訊息很有幫助。


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第三天 8月3日(四) 唐松岳頂上山莊 - 餓鬼山 - 祖母谷溫泉小屋


從東邊唐松山莊下降至西邊的祖母谷
總共2200公尺的下降
駒草和遠方的劍岳,右方山腰上有今天走的山徑
晨光裡的立山和劍岳

我四點半起床出去外頭。站在建立於海拔2600多公尺的山屋前,可望很廣的山景。還沒日出,但已經夠亮,可視辯最遠方劍岳和立山浮在雲海上,在腳下看到我們晚點走下去的山徑橫過唐松岳山腰。山莊附近有駒草花,在碎石坡上開著。5:00太陽升出來,劍岳被染成粉紅色。回去山莊餐廳吃早餐。

出發前的合照@唐松山莊前
揮手告別
5:50在山莊門口照合照後,我們踏出長途下坡路。我們今天要下降2000公尺,11公里。餓鬼山山路從山屋下方的營地下端開始。向昨天認識的幾位山友揮手告別,我們往下走去。走了幾分鐘,碰到殘雪。表面有點硬,因此我們沿著殘雪邊端下切繞過去。回到山徑再走幾分鐘,設有很新鐵鍊的岩石路段出現。6:31我們來到另一個殘雪。這裡的雪被切開作出路徑,路寬夠寬,表面也平緩,我們很小心通過。仰望的山莊已經高高在上方。左邊的五龍岳從1000公尺下的谷底豎立著。部分山徑有被水沖表面土石,或路面傾斜,的確比我們前兩天走來的路況差,但與台灣的有些古道比較算好多了。至少這條路受到定期維護,可放心進來走。7:30我們休息一下。高度為2350m,已經下降300公尺了。

下切繞過雪溪
很新的鐵鍊
很小心通過第二個雪溪
對岸的五龍岳
繼續下坡
再下去幾分鐘,山徑轉彎進入樹林裡。我們進來另一面山坡,以之字形下降高度。山徑行進草叢裡,草葉的露水弄濕鞋子和絆腳。前遠方出現餓鬼山,山頂高度看起來與這裡差不多。8:23我們下來乾溪溝路段,下去大石塊兩三分鐘,又接回之字形路。8:52來到沼池區,有木棧道橫過泥濘地。9:10來到水源岔路口,設有木長凳,我們休息一下。正在我們休息時,有個單獨山友從另一個方向過來,他說昨日住在餓鬼山避難山屋,今天爬上唐松岳。他把背包放置後去取水。

前方看到餓鬼山山頭
已經近來森林
走在沼池路段
在往水源岔路口休息
我們休息了十幾分鐘,往餓鬼山爬去。今天的路程是,先山屋一直下到大黑銅礦遺址附近後,再爬回高低落差三百公尺的餓鬼山。上去幾分就來到一塊台地,有黑紅色的碎石堆,應該是開採銅礦精煉銅後留下來的殘渣。明治 39年(1906年)被發現的銅礦,由當時的礦業家為田文太郎開採,後來由其他四個業主經營至大正13年(1924年)為止。在如此的深山中,進行開採和搬運銅塊等,真不容易。

大黑銅礦遺址
背著五龍岳往餓鬼山爬上去
前進於瘦稜上
再爬十幾分鐘我們上了稜線上,樹木變少而視野展開了。我們背後的五龍山已經很高,右側是我們昨天縱走的稜線和唐松岳。我們腳下的稜線路,部分很瘦也有鐵梯路段,小心通過。在上坡上休息一次,11:02終於抵達餓鬼山山頂(海拔2127m),算走完大約一半的今天路程。我們卸下背包用午餐休息。在山頂上往東仔細看,昨天小心翼翼通過的不歸嶮第二峰的岩壁真是很陡峭。

爬上最後一段路,背景是唐松岳,其左方看到不歸嶮
@餓鬼山山頂
休了四十分鐘,11:46我們開始後一半的長途下坡路。下去陡坡半小時後,山徑行進在較平緩的瘦稜上。12:40來到避難小屋,休息一下。鐵皮避難小屋內部可以容納最多十個人,附近有水池但沒有活水。再下去好走的緩坡大約三十分鐘,發現路旁有山羊骨骸。只剩下頭骨和脊椎一部分。日本山羊被叫做カモシカ(羚羊)外形類似台灣的山羊。路上也看到熊的排泄物,這裡會出沒熊。再走幾分鐘來到被稱為餓鬼田圃的地形,這裡一個潮濕的森林中窪地,彷彿種田的樣子。13:57我們在陡坡前的平地休息一下。這裡的高度有1650公尺,與海拔大約800公尺的目的地祖母谷溫泉之間,還有800公尺的落差。

下鐵梯
餓鬼山避難小屋
山羊(羚羊)的骨骸
餓鬼田圃
很好走的山徑
倒木被切斷,看起來最近的作業
最近草叢被清除的路,路上有好多石頭
下去稜線上的陡坡大約半小時,來到叫南越的地點,從此我們離開稜線下去山腰路到祖父谷溪上游。路上的草叢被清得很乾淨。七月初黑部峽谷下大雨,黑部峽谷鐵路受損而鐵路宣布七月底才會通車,這條山路的維護工作包括清除草叢被延後至七月底通車後。後來7月15日已經提前通車,相關單位也提前維護作業。所以我們眼前的乾淨山路只是幾天前剛剛被清除的。14:33我們在小水源加水,再下去之字形下坡路。路上有好多大小石頭,如果草叢很密,就看不清楚石頭會發生扭腳等事故。清理草叢真很有幫助。

沿著祖父谷溪下去
繼續下去
終於抵達登山口
15:37我們下到溪邊,休息一下。高度已降到海拔1150公尺,剩下的是沿溪下去300多公尺的高度落差。路上草叢被清除得好,但路徑本身不是很好走,例如路面傾斜,要跳大石等等,要花多點時間才能走。最後由去之字形路陡下,17:03到了登山口。等到大家到登山口,我們走車道前往已看得到的祖母谷溫泉小屋。17:20大家抵達小屋,我們花費大約11小時完成今天的行程。路上有爬回高度的路段,故我們今天下降總共2200公尺。

祖母谷溫泉小屋


祖母谷溫泉小屋的收費是9500圓(含晚早餐)。在18:00的晚餐前,我們將背包放在房間,去溪邊的露天溫泉洗一洗過去三天的汙垢。溫泉的溫度剛剛好。我們已經回來文明,用餐時喝一喝啤酒慶祝此行的完成。







晚餐
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第四天 8月4日(五) 祖母谷溫泉小屋 - 欅平 - (黑部峽谷鐵路) - 宇奈月


只有三公里的路程
行走高度表
露天溫泉(男湯)
今天的行程很輕鬆,只走四十分鐘到欅平車站而已,而且是好走的林道。我五點多起床出去外頭。今天也好天氣,我們這次天天都好天氣,運氣真不錯。去露天溫泉洗一下,出來走一走附近。溫泉小屋建立於祖母谷和祖父谷合流地方的右岸。本來的小屋在祖父谷旁,後來當政府建立砂防水壩時移到目前的位置。我散步去祖母谷的溫泉源頭,在蒸氣上升的遠方看到自白馬岳經過清水岳過來這裡的稜線。聽說這條路也少人走的秘境,但有殘雪豐富高山花卉,很有魅力。祖母谷溫泉很不錯,也許將來由此條山徑下來再訪溫泉也不錯。

溫泉源頭附近
房間(四人使用)
@隧道口
七點鐘我們吃早餐。用餐後與小屋老闆聊天,得知昨天看到的清路是由這家的老闆娘他們來進行的。日本山岳的山路很多都是由當地山屋來維護。雖然是一天只走一兩組的山路,還是受到如此好的維護,讓我們登山人有信心走。

黑部川和第三發電所
我們乘坐的列車@欅平站
我們八點多出發。先過昨天走過的兩座橋,經過通往登山口的車道後進入長隧道。此條通往祖母谷的土產道,其前身是明治37年(1904年)開通的林道。現在是為治山目的被維護。看著右下方的溪谷,我們慢慢走下去。8:33經過名劍溫泉,8:50抵達欅平車站。搭乘9:16的班次離開欅平。俗稱台車列車(トロッコ列車)是為新建黑部第四水壩而昭和16年(1941年)全線開通,如今除運輸水壩相關的物資外,主要的功能是運輸觀光客。762mm的窄軌鐵路與阿里山森林鐵路結為姊妹鐵路。我們的首班上行列車,乘客不多。在路上我們會車了很多班,斑斑都客滿,夏天旺季很多觀光客來黑部峽谷。

10:38抵達宇奈月站,走去一點路到富山地方鐵道的宇奈月溫泉站轉乘11:05班次電車。我們其中四個隊友在黒部宇奈月温泉站下車搭新幹線前往東京,剩下四個人則前往富山站,如此結束我們四天的白馬唐松岳山旅。

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附記 8月5日 與富山當地山岳導遊造訪稱名瀑布和大辻山

七月初有個看過我部落格的日本山岳導遊石井先生與我聯繫來。我們聊天中,我提到這次的白馬唐松岳行,也說下山至宇奈月。他提到與我走富山附近的山野,於是決定我下山後去富山走一走。後來有了黑部峽谷鐵路的問題,天氣等等的事情,但最後還是由他安排,與兩個這次山行的山友共三個人,造訪稱名瀑布和大辻山。

稱名瀑布
石井先生強力推薦春天三,四月的富山附近雪上健行。天氣好的話,北阿爾卑斯山脈的雪白山峰就在眼前,走在幾公尺厚的雪上是另一種登山樂趣。我覺得對台灣山友說,這樣的技術上算入門級的雪上健行很值得來做。其實積雪後的大辻山要走往返十來公里的雪路,需要好的體力才能走完。如果太累,走到一半回程也很不錯,因為路上都能欣賞北阿爾卑斯山脈的雄姿。
大辻山林道眺望富山平地
從大辻山眺望的春天高山群峰(石井先生攝)
大辻山山頂(石井先生攝)
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日本的山羊,羚羊(於羚羊園)
這次的日本高山行,對我來說收穫多。前半的南阿爾卑斯白根三山讓我再次欣賞其山容龐大的大自然,回想年輕時的記憶;後半的白馬唐松岳行天氣真好,同行的台灣山友都玩得很高興,讓我很窩心。

明年如果時間體力等沒問題,我大概再辦日本高山行。還沒決定目的地,但應該還選出日本阿爾卑斯山脈的山峰等,代表性高的行程。